健康・科学コラム – SANYO CHEMICAL MAGAZINE /magazine Fri, 11 Oct 2024 05:45:12 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.5 /magazine/wp/wp-content/uploads/2020/09/cropped-sanyo_fav-32x32.png 健康・科学コラム – SANYO CHEMICAL MAGAZINE /magazine 32 32 [vol.2] 火山による災害と恩恵 /magazine/archives/8372?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-2-%25e7%2581%25ab%25e5%25b1%25b1%25e3%2581%25ab%25e3%2582%2588%25e3%2582%258b%25e7%2581%25bd%25e5%25ae%25b3%25e3%2581%25a8%25e6%2581%25a9%25e6%2581%25b5 /magazine/archives/8372#respond Fri, 11 Oct 2024 05:10:48 +0000 /magazine/?p=8372 鎌田 浩毅 PDFファイル さまざまな活動周期を持つ日本の活火山 日本は世界で有数の火山国です。狭い国土に世界中の1割を占める火山があるのが日本列島なのです。これから噴火する可能性のある火山は活火山かつかざんと呼ばれ「過…

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鎌田 浩毅

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さまざまな活動周期を持つ日本の活火山

日本は世界で有数の火山国です。狭い国土に世界中の1割を占める火山があるのが日本列島なのです。これから噴火する可能性のある火山は活火山かつかざんと呼ばれ「過去1万年前以降に噴火した火山」が111山選ばれています。活火山が定義された時間の「1万年前」とは、途方もなく大昔と思われるかもしれませんが、ちょうど人類が農耕を始めた頃のことです。火山の活動周期は、数十年から数千年単位と山ごとに異なります。よって、1万年くらいは見ておかないと、近い将来噴火する火山を見落とす恐れがあるのです。

かつての教科書で、火山は「活火山」「休火山」「死火山」の三つに分けられていました。その後、火山学者は「休火山」と「死火山」の名称を使うのをやめました。というのは、これまで休火山と思っていた山も、活動周期が長いだけで火山学的に見ればすべて活火山と考えたほうが良いからです。ちなみに、2011年の東日本大震災以降、111山のうち20の活火山においてマグマだまりの周囲で地震が起こり始めて「噴火スタンバイ状態」になっています。また、死火山という言葉についても似たような問題がありました。「将来決して噴火しない」という確実な証拠をあげることが、不可能に近いからです。

富士山を例に見てみましょう。富士山の一番最近の噴火は江戸時代の1707年です。南東斜面にある宝永ほうえい火口から大噴火したのですが、その後300年もの間富士山は噴火をしていません。人間の生活感覚では約10世代にわたる長い期間を休んでいたのです。ところが、10万年にもおよぶ富士山の長い寿命からすれば、300年間はまばたきする程度の短い休止期に過ぎません。

こうした状況から、休火山と死火山という言葉は使わなくなりました。旧来の休火山の全てと死火山の一部は、活火山と捉えたほうが良いからです。現在、火山の専門家は、「活火山」と「そうでない火山」という二つに分けています。そして、近々噴火の可能性のある活火山にだけ注意を向けてもらうように啓発活動をしています。

 

「災いは短く、恵みは長い」火山からのメッセージ

美しい富士山に開いた宝永火口。筆者撮影

火山はいったん噴火が起これば厄介なものですが、災害を起こすだけではありません。噴火をしばらく休んでいる時の火山には数多くの魅力があります。火山の作った地形には美しいものが多く、何と日本の国立公園の9割は火山地域なのです。火山は噴火中を除いて、恵みややしをもたらしてくれます。風光明媚めいびな土地を生み出し、そこには温泉もきます。さらに、広い火山の裾野は果樹の栽培に適しています。例えば、ローマ人がワイン用のブドウを栽培し始めた場所は、イタリア・ナポリに近いヴェスヴィオ火山のふもとでした。

日本人は長年こうした火山の恩恵を受けてきました。溶岩流の美しい風景は大切な観光資源となっています。火山の麓で湧き出た清流はおいしいミネラルウォーターとなり、火山灰は野菜栽培に適した水はけの良い土壌を作ります。これらの恵みは、噴火と噴火の間に私たちが享受できる「火山の贈り物」といっても良いでしょう。つまり災害の一時期を過ごした後、再び長期間の恩恵を受けることができます。「災いは短く、恵みは長い」。これが火山からの大事なメッセージです。短い期間に起きる災害は、火山学という科学を用いて避けることができます。噴火予知に成功すれば、その後には長い恵みが来るのです。災害から我が身を守るための地球科学がとても大事であることがわかっていただけると思います。

日本の火山学研究は世界でもトップレベルにあります。火山の美しさと科学の両方に注目していただければ幸いです。

 

鎌田 浩毅〈かまた ひろき〉

1955年東京都生まれ。京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院客員教授・龍谷大学客員教授。専門は、地球科学・火山学・科学コミュニケーション。東京大学理学部地学科卒業、理学博士(東京大学論文博士)。京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。著書に『知っておきたい地球科学』『M9地震に備えよ 南海トラフ・北海道・九州』などがある。

 

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[vol.8]無努力主義 /magazine/archives/8505?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-8%25e7%2584%25a1%25e5%258a%25aa%25e5%258a%259b%25e4%25b8%25bb%25e7%25be%25a9 /magazine/archives/8505#respond Fri, 11 Oct 2024 05:08:34 +0000 /magazine/?p=8505 楠木 建 PDFファイル 努力を継続するコツは「スキこそものの上手なれ」 以前お話しした絶対悲観主義と並ぶ僕の信条は無努力主義です。モットーは「全身で脱力」。 あくまでも僕の場合ですが、これまでの仕事生活で「努力しなきゃ…

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楠木 建

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努力を継続するコツは「スキこそものの上手なれ」

以前お話しした絶対悲観主義と並ぶ僕の信条は無努力主義です。モットーは「全身で脱力」。

あくまでも僕の場合ですが、これまでの仕事生活で「努力しなきゃ……」と思ったことのうち、仕事として(つまり、人が受け入れてくれる水準にまで)モノになったことは、ただの一つもございません。これだけは自信を持って言えます。

そもそも「努力しなきゃ……」と思うということは、必要とされているアウトプット水準と自分の現状との間に乖離かいりがあることを意味しています。つまり、このギャップを埋めるためにもう一段の「努力」が必要になる。

で、ここからがポイントなのですが、それが「努力」かどうかということは、当事者の主観的認識の問題です。僕に言わせれば、「努力しなきゃ……」と思った時点でもう終わっている。

もちろん、何かがうまくなるためには努力投入、しかも長期継続的なそれが必要なわけですが、本人がそれを「努力」と認識している限りは、投入の質量ともに高が知れているし、何よりも持続性に欠ける。

質量ともに一定水準以上の「努力」を継続できるとすれば、その条件はただ一つ、「本人がそれを努力だとは思っていない」、これしかないというのが僕の結論です。これを私的専門用語で無努力主義と言っています。

客観的に見れば努力投入を継続している、しかし当の本人は主観的にはそれを全く努力だとは思っていない。これが理想的な状態。無努力主義の本質は「努力の娯楽化」にあります。要するに、その対象が理屈抜きにスキだということ。

とにかく理屈抜きにスキ→やるのが楽しみ→朝起きたら2 分でやり始めるのも苦にならない→誰も頼んでいないのにガンガンやる→時間が経つのも忘れて集中してやる→繰り返しやる→持続性が極大化→そのうちにうまくなる→それでもスキなのでまだやる→多少の逆風が吹いても「でもやるんだよ!(スキだから)」→相当にうまくなる→割と人の役に立つようになる→ますますスキになる→(10個前に戻って5 回ループ)→さらにうまくなる→いよいよ人の役に立ってその人の「仕事」となる。以上の因果論理の連鎖をあっさりと短縮していえば、「スキこそモノの上手なれ」という古来の格言になります。

「イヤだけど努力する」から空回りの悪循環にハマり込む

僕の場合、この無努力主義の特殊原則を確立するまでは、全く中途半端な「努力」をして、結果的に大した成果を出せず、仕事どころかかえって世間の皆さんのご迷惑になることが多々ありました。そうすると、ますます「(イヤだけど)努力しなきゃ」となる。

揚げ句の果てに、「努力しなきゃ」→「でもイヤだな…」→「よーし、明日から努力することにしよう」→(で、翌日)「やっぱりイヤだな…。よーし、明日こそ努力することにしよう」→(で、翌日)「毎日、明日からは…に無理があるんだな。ここはリアリスティックに来週から努力することにしよう。手帳に書いておきましょう」→(4個戻って12回ループ)→気が付くと楽勝で半年ぐらいが経過、という空回りの悪循環の明け暮れにハマり込むこととなります。

天才は別です。天才は才能の赴くままにスキなことをスキなようにしていればよいだけの話で、無努力主義も原理原則もへったくれもございません。そんなことをいちいち考えなくても、すべてを自然に、矛盾を矛盾のまま、矛盾なく乗り越えられるのが天才です。

ただ、僕は幸か不幸かフツーの人だったので(たぶん幸)、「努力しなきゃ、と思った時点で終わっている。次いってみよう」の無努力主義を意識的に標榜することによって、何とか社会との折り合いがつく仕事をできるようになったという次第です。

「理屈抜きにスキ」の想いが仕事の原点

どうせ、一人の人間ができることなんて、高が知れているわけです(天才はこれを除く)。幸いにして、世の中いろいろな人がいるわけですから(いわゆる一つの「ダイバーシティ」)、自分がキライで不得意で不得手なことは、自分でやるよりも誰かスキで得意な人にやってもらったほうがよい。社会的分業。相互補完。今も昔も人の世の基本のキ。

ただ、「1%の才能と99%の努力」というのは真実でして、要するに、微弱ではあっても、1%の才能がなければ、99%の努力を突っ込んでも何も起こりません。ゼロに何をかけてもゼロ。その「微弱な才能」とは何か。それが「理屈抜きにスキ」ということだというのが、仕事の特殊原則の起点にして重点にして核心であります。

これからも絶対に努力はしないという方向で、最大限の努力をしていく所存です。

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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[vol.1] 火山はなぜ噴火するのか? /magazine/archives/8017?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-1-%25e7%2581%25ab%25e5%25b1%25b1%25e3%2581%25af%25e3%2581%25aa%25e3%2581%259c%25e5%2599%25b4%25e7%2581%25ab%25e3%2581%2599%25e3%2582%258b%25e3%2581%25ae%25e3%2581%258b%25ef%25bc%259f /magazine/archives/8017#respond Thu, 11 Jul 2024 06:33:58 +0000 /magazine/?p=8017 鎌田 浩毅 PDFファイル 私は京都大学で24年間地球科学の教授を務め、定年後も全国を飛び回って火山の研究をしています。今回は地下で起こっているダイナミックな現象を紹介しましょう。 火山が噴火する仕組み 日本には富士山な…

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鎌田 浩毅

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私は京都大学で24年間地球科学の教授を務め、定年後も全国を飛び回って火山の研究をしています。今回は地下で起こっているダイナミックな現象を紹介しましょう。

火山が噴火する仕組み

日本には富士山など美しい火山がたくさんあります。火山は時折真っ赤なマグマを噴き出しますが、どのようなメカニズムで噴火するのでしょうか?

噴火とは地下のマグマが溶岩として地上に出たり、火山灰となって降り注いだりする現象です。マグマとは岩石が溶けたもので、地殻の下にあるマントルという部分から徐々に地上まで上がってきます。こうした活動が繰り返されることで富士山のように巨大な火山がつくられました。火山の地下の構造について説明します。地下約20キロメートルに「マグマだまり」があります。摂氏1000℃もの高温で液体のマグマがぎゅうぎゅうに詰まっている場所です。ここから、次に挙げる三つの仕組みで噴火が起こります。

一つ目は、圧力がかかって絞り出されるケースです(図ア)。巨大地震が起こった際にはマグマだまりに外から力がかかり、絞り出されるように地表に噴出します。このマグマが通った道を「火道かどう」といい、地上に出たところを「火口」と呼びます。噴火のたびにマグマは既に塞がっている火道をこじ開けます。火道から火口へという経路で、噴火は何十万年もの間に何度も繰り返されるのです。

噴火モデルの二つ目は、新たにマグマが注ぎ足されるケースです(図イ)。うなぎ屋の秘伝のタレではありませんが、古いマグマに新たなマグマが地下数十キロメートルの深部から絶えず注ぎ足されます。これは休止中の火山でも絶えず起こっている現象です。実は、マグマだまりの大きさには限界があるので、注ぎ足し続けられると圧力が上がります。その結果、マグマは圧力の低い所を求めて火道を上昇し、最後に火口から噴火します。

 

「泡立ち現象」で火山が噴火する⁉

三つ目は、外圧など外からの力を受けていないのに、マグマだまりのマグマが「自ら上昇して」噴火するケースです(図ウ)。マグマの中には水分が5%ほど溶け込んでいます。1000℃ もある高温のマグマに水分が含まれるというのは想像しにくいかもしれませんが、実は高温のマグマの20分の1は水なのです。といっても普通の水ではありません。高温・高圧という環境の中で、水の三態(すなわち固体の氷、液体の水、気体の水蒸気)とは違う特性を持った水です。化学で説明すると、水素と酸素が電離した状態でイオン化した水が、マグマの中にしっかり存在しているのです。ところが、地震などによってマグマだまりが揺すられると、このイオン化した水が泡立ち、水蒸気となります。通常、水が水蒸気になると体積は1000倍以上に膨らむので、マグマの体積も当然膨張します。その結果、マグマだまりの圧力が上がって噴火に至ります。三つ目のモデルはこの「泡立ち現象」によって起こる噴火で、マグマが噴火する時にだけ見られます。

こうした仕組みは20世紀になって火山学が進展して初めてわかりました。まさに地球内部で起こっているダイナミックで不思議な現象です。次回は、そうした火山が美しい景観や温泉などの「恵み」を与えてくれるお話をしましょう。

 

鎌田 浩毅〈かまた ひろき〉

1955年東京都生まれ。京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院客員教授・龍谷大学客員教授。専門は、地球科学・火山学・科学コミュニケーション。東京大学理学部地学科卒業、理学博士(東京大学論文博士)。京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。著書に『知っておきたい地球科学』『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』などがある。

 

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[vol.7] プロセス不在の生成AI /magazine/archives/8086?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-7-%25e3%2583%2597%25e3%2583%25ad%25e3%2582%25bb%25e3%2582%25b9%25e4%25b8%258d%25e5%259c%25a8%25e3%2581%25ae%25e7%2594%259f%25e6%2588%2590%25ef%25bd%2581%25ef%25bd%2589 /magazine/archives/8086#respond Thu, 11 Jul 2024 06:23:03 +0000 /magazine/?p=8086 楠木 建 PDFファイル AIの本質は、自動化と外部化 対話を通じた文章や画像の自動生成が人工知能(AI)の主戦場になってきました。既に名門大学の入試で合格するレベルの答えを導ける水準になっているそうです。 AIの本質は…

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楠木 建

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AIの本質は、自動化と外部化

対話を通じた文章や画像の自動生成が人工知能(AI)の主戦場になってきました。既に名門大学の入試で合格するレベルの答えを導ける水準になっているそうです。

AIの本質は自動化にして省力化です。すなわち「そのことを自分ではやらない」。プロセスをすっ飛ばして、結果だけを手に入れる。つまり、これまで人間が自力でやってきたことを外部化しているわけです。

AIに限らず、昔から技術の本質は外部化にあります。蒸気機関という技術は産業革命をもたらしました。蒸気機関を使えば、これまで重たくて人間が持ち上げられなかったものをやすやすと持ち上げてくれる。蒸気機関車を使えば、人間や馬よりもはるかに速いスピードで移動できます。歩く・走るという人間がやってきた仕事が技術に外部化される。その結果、人間にできないことができるようになる。技術進歩というのはそういうものです。

 

AIが人間を凌駕することは、問題ではない

外部化された結果、それまで技術なしに人間がやってきたことよりもパフォーマンスが向上する――ここに技術進歩の本来の動機と目的があります。AIは人間を凌駕りょうがするか、という議論が盛んになっていますが、技術進歩の本質からして、そうなるのは自明です。

今に始まった話ではありません。新幹線は人間が走るのよりも速い。飛行機は空を飛べるが、人間は飛べない。Google検索は人間ができない(やろうと思うと異様に時間がかかる)ことを0.1 秒でやってくれる。だからといって、新幹線や飛行機やGoogle検索を敵視する人はいません。便利な手段として使っているだけです。

AIにしても、この基本的な図式は変わりません。事務的な文書作成や顧客対応のチャットといった領域では、AIはこれ以上ないほど便利です。入試問題を解くのも得意中の得意。回答文には正解(にどれだけ近いか)という一元的な良ししの基準があります。こういう仕事ではAIとは勝負になりません。しかし、だからといって人間に完全に代替するわけでも、人間社会の敵になるわけでもない。道具は使うものであって、競合するものではありません。

 

AIに任せる基準は、楽しいかどうか

技術の外部化は人間を楽にしてくれます。しかし、です。外部化が価値を持つのはその活動なり仕事が利用者にとって楽しくない(やりたくない・できない)ことが前提になります。僕は税金を払うための申告作業を税理士の先生に任せています。きちんとやる知識や能力がないだけでなく、僕にとってはまるで楽しくない。だから自分でやらずに、税理士の先生に任せて外部化する。将来この作業をAIがやってくれるのであれば、お任せするのにやぶさかではありません。

その人に合った服装を提案してくれるファッション・コーディネーターという仕事があります。こういう人を雇うのは、おそらくファッションに興味がない人だけでしょう。なぜならば、ファッションに興味がある人は、何が自分に似合うのか、自分のスキな服を探索すること自体を喜びとしているからです。この楽しいプロセスを外部化してしまうのは当人にとってタダの損失。カネを払ってでも勘弁してもらいたいはず。

僕は考え事を言語化し、文章に書くという仕事をしています。生成AIに核となるアイデアだけを入力し、何ステップかの対話をすれば、即座に文章にしてくれます。それでも僕は書く仕事を生成AIに外部化したくありません。書くプロセスこそが僕の喜びだからです。ゲラの修正は文章をゼロから生成するよりもずっとAIが得意とする作業です。しかし、僕にとってはこれほど面白い仕事もない。ああでもないこうでもないと自分の文章を推敲すいこうし、赤ペンで書き込む――三度の飯よりこれがスキ。この至福のプロセスをAIに任せてしまえば、何のために文章を書いているのかわからなくなります。

文章を書く仕事で、僕はAIに負ける気がしません。なぜならば、優れた文章は思考と言語化のプロセスそれ自体を無上の喜びとする人から出てくるはずだからです。ある会社がAIに僕の文体を機械学習させて文章を自動生成してくれました。言葉遣いを思いっきり僕のスタイルに寄せているのですが、面白くも何ともありませんでした。議論の展開がユルユルで、肝心なところでスベりまくりやがっています。「ええかげんにせいよ!」とツッコミを入れたくなりました。

技術は日進月歩ですから、AIはそのうちもっとまともな文章を生成できるようになるでしょう。僕にとっては「しめしめ……」です。技術が進歩するほど、人はAIに依存するようになる。書くプロセスの喜びを知らない人が増えてくる。もっといえば、書く手前の考えるプロセスまで外部化するようになる。世の人々の考えて書く能力が劣化していくのは間違いない。ということは、僕にしてみればますます商売繁盛――生成AIさまさまです。

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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[vol.6] 人気と信用 /magazine/archives/7842?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-6-%25e4%25ba%25ba%25e6%25b0%2597%25e3%2581%25a8%25e4%25bf%25a1%25e7%2594%25a8 /magazine/archives/7842#respond Thu, 11 Apr 2024 06:02:05 +0000 /magazine/?p=7842 楠木 建 PDFファイル 人気は一時的なもの 最後に残るのが信用 仕事にとって一番大切なものは何か。僕の答えは「信用」です。昔から「信用第一」といいますが、本当にその通り。信用第一は不変にして普遍の原理原則です。 信用と…

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楠木 建

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人気は一時的なもの 最後に残るのが信用

仕事にとって一番大切なものは何か。僕の答えは「信用」です。昔から「信用第一」といいますが、本当にその通り。信用第一は不変にして普遍の原理原則です。

信用とは何でしょうか。それが何かを考える時、僕はまず対概念――それではないもの――を考えてみるようにしています。対概念がない概念はありません。信用の対概念は何か。それは「人気」です。このことは僕が私淑している昭和の大女優で名文筆家、高峰秀子さんの本で学んだことです。

高峰さんは信用と人気をはっきり区別しています。需要がないと仕事にはならない。ただし、その需要は決して人気であってはいけない。女優は文字通り人気商売です。凡百の女優は人気を求める。人気があるうちは、周りが何でも言うことを聞いてくれる。全能感にとらわれ、何でも思い通りになるような気になる。しかし、人気はあくまでも一時的なもの。最後に残るのは信用しかありません。「この人だったら期待に応えてくれる」「この人が出ている映画だから大丈夫だ」――これが信用です。映画出演でも本の執筆でも、高峰さんは仕事生活の根底に信用を置いていました。

 

長い時間をかけて少しずつ信用を積み重ねる

人気と信用の違いは、時間軸で考えてみるとはっきりします。「人気取り」というように、人気はいま・ここで取りにいくものです。時間的な奥行きがありません。一方の信用は、目先にあるものを取るように獲得するわけにはいきません。長い時間をかけて少しずつ積み重ねていくものです。振り返った時に気付いてみたらそこにある、というのが信用です。一夜にして成功を収めるには20年かかるものです。

考えてみると、マスプロモーションを一切しないというのが商売の究極の姿なのかもしれません。今時の大きなローファームは立派な事務所を構え、ブランディングに余念がありません。個人向けの弁護士事務所も、電車のサイネージに広告を出したり、テレビでCM を流したり、熱心にプロモーションをしています。ところが、僕が尊敬しているある弁護士の事務所にはホームページがありません。彼は「弁護士がマーケティングを始めたら、その時点で終わり」と言っています。本当に仕事を依頼したいのであれば、住所や電話番号を自分で調べて、向こうからやってくるはずだ――言われてみればその通りです。信用さえあればお客様のほうから来る。そして、仕事を引き受けた以上は決して期待を裏切らない。

 

信用を獲得するには、まず相手に得をさせること

そもそも人気と信用はベクトルの向きが異なります。人気は自分を向いています。人気があればちやほやされる。ちやほやされれば自分がイイ気分になれる。利を得るのは自分です。これに対して信用は自分以外の他者を向いています。信用は自分の外にいるお客様の中に形成されるものです。まずは相手に利得を与えなければならない。相手にたっぷり得をさせた後で自分が得をする。これが仕事の正しい順番です。

信用第一を原理原則とする仕事には、人間を錬成し成熟させる作用があります。信用を獲得するには行動に規律がなければなりません。約束を守る、相手の立場に立って考える――自然と人間が出来上がっていきます。

人間は社会的動物です。ほとんどの人は、多少なりとも社会と折り合いがつかないと生きていけません。まともな人でないと相手にされない。社会的状況に置かれると、人間は相対的にまともになります。まともに振る舞うことを社会が強制すると言ってもいい。

逆に言えば、社会との関わりが限定されている子どもはだいたいワルです。自己中心的で自己利益ばかり考えている。人をだましてでも目先の利益を追求する。しかし、社会に出ればその調子ではやっていけない。やがて現実を思い知らされる。こうして人は大人になります。

仕事には自然と人間を教育する面があります。これが世の中の、まあまあうまくできているところです。

 

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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[最終回] 絵を描く前に、まず数学を学びなさい /magazine/archives/7680?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e6%259c%2580%25e7%25b5%2582%25e5%259b%259e-%25e7%25b5%25b5%25e3%2582%2592%25e6%258f%258f%25e3%2581%258f%25e5%2589%258d%25e3%2581%25ab%25e3%2580%2581%25e3%2581%25be%25e3%2581%259a%25e6%2595%25b0%25e5%25ad%25a6%25e3%2582%2592%25e5%25ad%25a6%25e3%2581%25b3%25e3%2581%25aa%25e3%2581%2595%25e3%2581%2584 /magazine/archives/7680#respond Thu, 11 Apr 2024 06:00:24 +0000 /magazine/?p=7680 秋山 仁 PDFファイル   小学生の時、担任の先生に連れられて牧野富太郎博士の自宅を訪ねたことがありました。その時、牧野博士のお嬢さんから見せてもらった博士の描いた植物画の精緻せいちさに息をのんだことを覚えて…

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秋山 仁

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小学生の時、担任の先生に連れられて牧野富太郎博士の自宅を訪ねたことがありました。その時、牧野博士のお嬢さんから見せてもらった博士の描いた植物画の精緻せいちさに息をのんだことを覚えています。博士は植物学者として一流であったと同時に、自然の姿を鋭い観察眼をもって描画することのできる天才だったと思います。

自然のなかには、熟練した職人が技巧を凝らして描いた作品ではないかと思うような、複雑で美しい模様があります。例えば雪の結晶、シダの葉(図1)、波しぶき、フィヨルドやリアス式の海岸線、モクモクとした入道雲などなど。これらはフラクタル図形と呼ばれる図形で、その特徴は全体がそれ自身の縮小コピーで構成されている、すなわち自己相似形になっていることです。

 

図1.フラクタル図形

 

見る人の視線を数学的に誘導した葛飾北斎

波といえば、葛飾北斎の「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」の絵を思い出します。この絵に描かれている大波、中波、小波はフラクタル的な雰囲気を感じさせます。北斎の絵の随所に数学的考察の跡をうかがい知ることができます。

美術評論家の中村英樹氏による(『新・北斎万華鏡』)と、この絵は「最初に、紙に2本の対角線を引く。次に紙の左下隅の点を中心とし、紙の縦の長さを半径とする4分の1の円弧を描く。このとき、富士山の頂上が右下がりの対角線と円弧の交点になっている。……」などといった具合に、構図を幾何学的に構築して描かれた作品だそうです(図2)。その結果「小舟を漕ぐ人たちが大波に飲まれてしまうのではないかとハラハラしながら大波の行く方を追って行くと、後方に小さく描かれた富士山頂が自然にあなたの視線に飛び込んでくる」という、まさに天才的手法が施されていると、中村氏は指摘しています。

 

図2.「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

 

鑑賞者の視線を数学的に誘導するという天才技を持つ北斎は、日本よりむしろ海外で評価が高いようです。例えば1999年にアメリカの雑誌『LIFE』のアンケート「この1000年間で最も重要な業績を残した世界の人物100人」のなかに、唯一ランクインした日本人は北斎だったのです。

 

幾何学的に絵を描いたダ・ヴィンチ

西洋で数学と芸術が融合したのはルネサンスの時代でした。絵画の歴史を見ると、大雑把にいってルネサンスの前と後では、絵を見た時の感じが大きく違っています。

それは、ルネサンス期に入って絵画に遠近法が導入されたからです。それ以前の絵画は遠近法が導入されていませんでした。遠近法は、人間がものを見る時に、遠くにあるものほど小さく見えるので、見えている姿そのままに描くという画法です。すなわち、2次元のキャンパスに描いたものが自然に3次元的に見えるようにする、いわばイリュージョン的手法です。

図3.遠近法による作図の仕方

 

どのようにするかというと、まず紙に目の高さを示す水平線を描き、さらにその水平線上の任意のところに「消失点」を取ります。消失点とは、空間の中の目線に平行な二本の線が遠くに行くほど近付いていくように見え、ついに交差する点のこと。そして、実際の風景では目線と平行な関係にあって交わるはずのない線分を、全て消失点で交わるように描きます。そうすることで絵に奥行きが出てくるのです。例えば、図3のような並木道を描くとしましょう。まず、水平線と消失点を画面上に取り、次に道路の両脇の平行線が消失点で交わるように描きます。

遠近法を幾何学的に精密に探求した1人が、レオナルド・ダ・ヴィンチです。例えばダ・ヴィンチの作品「最後の晩餐」の絵の中では、実際には交わることがないはずの天井、壁、床の平行な直線が、キリストの頭の辺りで1点(消失点)に集まるように描かれています。

 

図4.消失点・平行線の入った「最後の晩餐」

 

「科学なしに(建築や絵画などといった)実践にふける者は、舵や羅針盤なしで船を操ろうとする船乗りのようなものだ」とダ・ヴィンチは述べています。数学こそが科学の根底を支えていると考えていた彼は、絵画の画法や建築などの美的作業の基礎に数学を据えました。そして「学生たちよ、まず数学を学びなさい」と、建築や絵画を志す若者にアドバイスしていたそうです。

 

秋山 仁〈あきやま じん〉

1946年 東京生まれ。数学者/理学博士。東京理科大学応用数学科卒業(1969年)、上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東海大学開発研究所所長、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員、NHKラジオ・テレビ講座講師などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学アカデミー会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、コロンブス騎士勲章受章(2021年)。現在は東京理科大学の栄誉教授を務め、離散数学の研究と世界各地で数学啓発活動に尽力している。

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[vol.11] 過去を消し去りたいあなたへ /magazine/archives/7486?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-11-%25e9%2581%258e%25e5%258e%25bb%25e3%2582%2592%25e6%25b6%2588%25e3%2581%2597%25e5%258e%25bb%25e3%2582%258a%25e3%2581%259f%25e3%2581%2584%25e3%2581%2582%25e3%2581%25aa%25e3%2581%259f%25e3%2581%25b8 /magazine/archives/7486#respond Fri, 19 Jan 2024 01:53:24 +0000 /magazine/?p=7486 秋山 仁 PDFファイル バーコードの読み取りミスを知らせてくれる数字 今回は、間違い(ミス)に適切に対処する知恵についてお話ししましょう。 おなじみのバーコードは、13桁の数で「国」「メーカー」「商品」などを表していま…

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秋山 仁

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バーコードの読み取りミスを知らせてくれる数字

今回は、間違い(ミス)に適切に対処する知恵についてお話ししましょう。

おなじみのバーコードは、13桁の数で「国」「メーカー」「商品」などを表しています。バーコードには、読み取りミスが起きると自動的にミスを知らせてくれる「チェックディジット」と呼ばれる数字が末尾に付いています。

チェックディジットは、(左から奇数桁目の数の和)+3×(左から偶数桁目の数の和)が、10の倍数になるように値が定められています。図1だと、23+3×29=110となり、確かに10の倍数になっています。バーコードは読み取りミスを知らせてくれるだけでなく、在庫管理などの大切な情報を全て登録してくれます。

図1

 

バーコードはミスを知らせてくれますが、ミスの修正まではしてくれません。ところが、ミスを自動的に見つけて修正してくれる超便利な理論(誤り訂正符号)が研究され、現在は随所で実用化されています。最初に考えたのは、米国のAT&Tベル研究所のハミング博士です。1950年頃、当時のコンピューターを使って計算処理を行っている時、たびたびコンピューターがデータを読み間違えるせいで何日かかっても計算処理が終わらないことがあり、業を煮やすことがしょっちゅうだったといいます。そんな時「データの誤りを自動的に修正できるシステムがあれば便利になるだろうなぁ」と思ったことが、この分野の誕生のきっかけになったのです。

その後、衛星からのデジタル信号の誤読を防ぐという事業目的のため、1950年代から主に米国で活発に研究され、1970年代にはCDや衛星放送、GPSなど我々の身近なところでも実用化されるようになりました。以下に誤り訂正符号を応用したマジックを紹介しましょう。

 

うそ当てマジック

相手がうそをついても、相手の選んだ数を当てるマジックを紹介します。

カードが7枚あり、No.1〜No.4を情報カード、No.5〜No.7を検査カードと呼びます。No.5〜No.7の検査カードは相手がどのカードでうそをついたかを当てるための〝うそ発見器〞的な役割をします。

あなたがマジシャンになり、相手にはあなたにわからないように1〜15までの数を一つ選んでもらいます。

次に、図2のNo.1〜7のカードを相手に順番に見せて、それぞれのカードに相手が選んだ数が含まれているかどうかを「YES」か「NO」で答えてもらいます。ただし答えてもらう時に、相手に1回だけうそ(間違い)をついてもらうことにします。

図2

 

例えば、相手が11という数を選んだ場合を例に取って、うその見破り方と相手の選んだ数の当て方を解説しましょう。相手が1回だけうそをついて、次のように答えたとしましょう。

Card No.1にはある(本当)、Card No.2にはない(本当)、Card No.3にはない(うそ)、Card No.4にはある(本当)、Card No.5にはない(本当)、Card No.6にはある(本当)、Card No.7にはない(本当)

Step 1

マジシャンのあなたは、相手が「ある」と答えたカードを全てピックアップし(今の例では、No.1とNo.4とNo.6のカード)、それらのカードの下に書かれているA、B、Cそれぞれの出現回数を数えます。すると、A、B、Cはおのおの2、3、1回となります。

Step 2

A、B、Cの中で、出現回数が奇数のアルファベットを全てピックアップします。この場合はBとCです。

Step 3

カードNo.1〜No.7の中で、Step2でピックアップされたアルファベットの組み合わせが書かれているカードを探します。今の例では、BとCなので、B、Cが書かれているカードはNo.3です。そのカードで相手はうそをついたのです。すなわち、カードNo.3には、相手が選んだ数が入っているのです。よって、相手の選んだ数はカードNo.1、No.3、No.4、No.6のいずれにも含まれています。

Step 4

相手の選んだ数が書かれた全てのカードの中から、検査カードは無視して、情報カードNo.1〜No.4に該当するものだけをピックアップします。この例では、カードNo.1、No.3、No.4の3枚です。
それらのカードの左上の数を足し算した数が、相手が選んだ数です。すなわち、8+2+1=11となります。かくして、うそはバレてしまうのです!

己の過去の恥ずかしい過ちを全て消し去って、まともな人生に修正してくれる理論ができることを願っています。

 

秋山 仁〈あきやま じん〉

1946年 東京生まれ。数学者/理学博士。東京理科大学応用数学科卒業(1969年)、上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東海大学開発研究所所長、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員、NHKラジオ・テレビ講座講師などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学アカデミー会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、コロンブス騎士勲章受章(2021年)。現在は東京理科大学の栄誉教授を務め、離散数学の研究と世界各地で数学啓発活動に尽力している。

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[vol.5] 幸福の条件 /magazine/archives/7553?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-5-%25e5%25b9%25b8%25e7%25a6%258f%25e3%2581%25ae%25e6%259d%25a1%25e4%25bb%25b6 /magazine/archives/7553#respond Fri, 19 Jan 2024 01:51:06 +0000 /magazine/?p=7553 楠木 建 PDFファイル   嫉妬という不幸の源泉は無意味な他者との比較 人間にとって幸福とは何か――。こうした抽象度が高いテーマについては、僕は対概念とセットで考えるようにしています。すなわち、人間にとって最…

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楠木 建

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嫉妬という不幸の源泉は無意味な他者との比較

人間にとって幸福とは何か――。こうした抽象度が高いテーマについては、僕は対概念とセットで考えるようにしています。すなわち、人間にとって最大の不幸とは何か。僕の答えは他人との比較――より特定していえば嫉妬――です。これこそが幸福の敵であり、人間にとって最大級の不幸の一つだと僕は思っています。

嫉妬という不幸にして醜い感情の源泉は、比較可能性にあります。面白いことに、自分と比較できないところにいる対象に嫉妬する人はあまりいません。「同じ日本に生まれた同い年なのに、こいつは若くして起業に成功して大金持ちになっている、チキショー……」と言う人でも、ドバイのハムダン王子には嫉妬しません。空間的に遠いし、王家に生まれたわけではない自分とはそもそも比較しようがないからです。

大化の改新を主導した中大兄皇子に「うまくやりやがって……」と嫉妬する人はまれです。時間的に遠すぎて、現代とはまるで状況が違うので比較可能性は低い。これがアレクサンドロス大王となると、ごく一部のマニアを別にして、嫉妬する人はまずいません。時間と空間が両方とも遠すぎる。比較可能性がゼロなので、嫉妬の対象にはならないのです。

「何で大谷翔平はあんなに成功しているんだ、チキショー……」とは思わない。大谷選手が野球能力の点で比較できる次元にはいない人だからです。この裏返しで、自分について根拠のない有能感を持っているほど、無意味な他者との比較に陥りがちです。「俺はできるのに……」という思い込みから、他人と自分を比べて嫉妬に駆られる。

嫉妬をする人というのは、相手の成功しているところ、恵まれているところしか見ていない。本当はアレクサンドロス大王も織田信長もハムダン王子も、孫正義さんも、人知れずつらい思いをしているはずです。ダンデミスという人が次のように言っています。「他人の幸福をうらやんではいけない。なぜならあなたは、彼の密かな悲しみを知らないのだから」――嫉妬する人にはそれが見えない。本来それぞれの人の中にしかない幸せを、人と比較するのは間違いなく不幸なことです。

 

人がうらやむものを持つのが幸せ?

不幸になるもう一つのパターンは他律性です。すなわち「人から幸せだと思われていることが幸せ」だと思い込むこと。ラ・ロシュフコーの『箴言集』の中に「幸福になるのは、自分の好きなものを持っているからであり、他人が良いと思うものを持っているからではない」という名言があります。幸不幸を決めるのは自分自身の価値基準でしかありません。価値観は人によって異なります。本来は「良いじゃないの、幸せならば」で話はおしまいです。ところが、世の中の最大公約数的な価値基準に乗っかってしまうと、いつまで経っても自分の価値基準がどこにあるのかわからなくなります。これは根本的な幸福の破壊です。

ずいぶん昔、平成初期の話ですが、ある有名進学予備校で講演する機会がありました。予備校の生徒だけではなく、教育熱心なお母さまやお父さまも見えていました。当時は今よりも大学受験というものが白熱していたからかもしれませんが、皆さんすごく真剣です。子どもを良い学校に行かせたいという情熱がたぎっている。

「もしお子さまをどこの学校にでも入れてあげると言われたら、どこを選びますか」と質問をしますと、「東大です」と言う人が圧倒的に多い。「なんで東大なのですか」と聞くと、「やっぱり一番入るのが難しくて、良い学校だから」「東大に行くと、より良い職業に就ける可能性が高いから」という答えが返ってきます。「では、より良い職業って何でしょう」と聞くと、「例えば大蔵省(現在の財務省)とか……」。なぜならそれが一番のエリートが就く仕事だからです。その中でも、できたら主計局。それが一番偉いということになっているから――。

これは「他人が良いと思うものを持っている」ことが幸せになってしまうという成り行きの典型です。本当は幸せになることが目的のはずなのに、そのはるか手前にある手段が目的化してしまう。今は東大がスタンフォードに、大蔵省がグーグルに変わっているだけで、いつの時代もこういう他律的な人はいます。

 

幸福は自分の頭と心が決める

幸福ほど主観的なものはありません。幸福は、外在的な環境や状況以上に、その人の頭と心が左右するものです。あっさり言えば、ほとんどのことが「気のせい」だということです。自らの頭と心で自分の価値基準を内省し、それを自分の言葉で獲得できたら、その時点で自動的に幸福です。「これが幸福だ」と自分で言語化できている状態、これこそが幸福にほかなりません。

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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[vol.10] 折り紙の妙技 /magazine/archives/7360?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-10-%25e6%258a%2598%25e3%2582%258a%25e7%25b4%2599%25e3%2581%25ae%25e5%25a6%2599%25e6%258a%2580 /magazine/archives/7360#respond Tue, 14 Nov 2023 07:23:37 +0000 /magazine/?p=7360 秋山 仁 PDFファイル 多くの分野に応用される折り紙の幾何学的センス 2023年5月、広島で行われたサミットは各国の首脳たちに原爆の非業を実感してもらう絶好の機会となりました。米国の現職大統領で広島を訪れたのはバラク・…

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秋山 仁

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多くの分野に応用される折り紙の幾何学的センス

2023年5月、広島で行われたサミットは各国の首脳たちに原爆の非業を実感してもらう絶好の機会となりました。米国の現職大統領で広島を訪れたのはバラク・オバマ氏が初めてだったので、とても印象に残っています。特に、彼が自分で折った折り鶴を、地元広島の2人の子どもたちに手渡したシーンは感慨深いものがありました。

言うまでもなく、折り紙は日本の伝統文化の一つです。複雑な形をした動物を、いとも簡単に折る日本人を見て、大抵の外国人はその幾何学的なセンスに驚嘆するそうです。長い間、折り紙は遊びの範疇はんちゅうとみられていましたが、最近になって実生活にもいろいろな応用があることが知られ、世界中で盛んに研究されています。

例えば「パラシュートをどのように折り畳んでおけば、落下途中で絡まないか」「車内に搭載されている命を守るためのエアバッグの畳み方」「回収に便利な折り畳み式のペットボトルの設計」「薬を包んだオブラートが、患者の患部に届いた時にスムーズに開いて薬を投下し、その直後に排出されやすい形に畳まれる設計」「山岳地図を頼りに登山している最中、急に雨が降っても即座に折り畳める地図」「宇宙ロケットの開閉自在な太陽光電池パネル」など、枚挙にいとまがありません。このように工学、建築学、医学などにたくさん応用される折り紙は幾何学的に研究しがいのある分野です。

 

1度の切断で星型を切り抜けるか?

さて、皆さんにも折り方の妙味を堪能していただきましょう。

コピー紙に星型の絵が描かれています(図1)。その紙を何度か折り、裁断機(またはハサミ)でたった1度の切断で、その星型を紙からスッポリと切り出すことができるでしょうか? 図2のように折れば、裁断機で1度ガチャンと切るだけで所望の星型をスッポリ切り出すことができます。

図1

 

図2.一刀斬り

 

こういったタイプの問題は、日本でも江戸時代から楽しまれ、多くの書物、例えば『こくくらべ』でも「いっとうりの問題」として紹介されています。

この事実を拡張して、マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリック・ドメイン教授は次の定理を証明しました。

 

どんな多角形でも可能な一刀斬りの定理

「紙に勝手な形をした多角形(どんな複雑な形でもよい)が描かれているとする。この時、その紙を何度か折り、それを裁断機でたった1回切断するだけで、その多角形を紙からスッポリと切り出すことができる」

この定理のすごいところは、千差万別、無数にある「どんな多角形(線分で囲まれた図形ならへこんでいても可)」でも一刀斬りが可能であることを証明した点です。

先ほど紹介した地図の畳み方で顕著なものに〝ミウラ折り〞があります。〝ミウラ折り〞の名前はこの折り方の考案者である三浦公亮博士にちなんで付けられました。図3はその折り方を示しています。実際に皆さんも折ってみて、紙の対角線の両隅を引っ張ったり、縮めたりするだけで、地図が開いたり閉じたりする様子を確認してみてください。

図3.ミウラ折り

 

幾何学の最先端の未解決問題を紹介して終わりにしましょう。

図4.5種類の正多面体

 

図4は5種類の正多面体の図です。そのおのおのの展開図を折り直して、四面体に折ることができるという予想を著者は7、8年前に立てました。正十二面体以外に対しては、この予想が正しいことが証明されました(図5)。(もっとも正四面体は、はじめから四面体だからこの予想が成り立つことは当たり前です)

 

図5.立方体、正八面体、正二十面体の展開図とそれを折ってできる四面体

 

秋山 仁〈あきやま じん〉

1946年 東京生まれ。数学者/理学博士。東京理科大学応用数学科卒業(1969年)、上智大学大学院数学科を修了後、ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医大助教授、東海大学開発研究所所長、科学技術庁参与、文部省教育課程審議会委員、NHKラジオ・テレビ講座講師などを経て、現在に至る。ヨーロッパ科学アカデミー会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、コロンブス騎士勲章受章(2021年)。現在は東京理科大学の栄誉教授を務め、離散数学の研究と世界各地で数学啓発活動に尽力している。

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[vol.4] 「黒い巨塔」作戦 /magazine/archives/7424?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=vol-4-%25e3%2580%258c%25e9%25bb%2592%25e3%2581%2584%25e5%25b7%25a8%25e5%25a1%2594%25e3%2580%258d%25e4%25bd%259c%25e6%2588%25a6 /magazine/archives/7424#respond Tue, 14 Nov 2023 07:21:30 +0000 /magazine/?p=7424 楠木 建 PDFファイル   自分にとっての幸せは何? 世の中、幸せになりたくない人というのはまずいません。幸福の希求、その1点では人間は共通しています。ただし、幸せの内実は主観の極みです。ある人にとっての至福…

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楠木 建

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自分にとっての幸せは何?

世の中、幸せになりたくない人というのはまずいません。幸福の希求、その1点では人間は共通しています。ただし、幸せの内実は主観の極みです。ある人にとっての至福が、別の人にはとんでもない不幸になる。みんな同じで、みんな違う――幸せの面白いところです。

大学医学部の権力闘争を描いた山崎豊子『白い巨塔』。何度も映画やドラマになっているのでご存じの方も多いと思います。大学教授の地位と権力を求めた権謀術数の物語。前提は 「幸せ=出世」 です。主役の財前五郎は大学での立身出世を求めて闘争に明け暮れます。それを阻止しようとする人々、自分の利得のために便乗しようとする人々が入り乱れて、仁義なき戦いになります。

僕が直面している問題はむしろ逆でありまして、いかに偉くならずヒラ教授にとどまるかという闘争です。これを私的専門用語で「黒い巨塔」と言っています。財前教授のように白い巨塔の頂点に君臨するのが幸せだという人もいれば、僕のように黒い巨塔の底辺にいるのが幸せだという人もいる。これこそダイバーシティー。

 

脳内参謀本部会議でやりたい仕事について考える

僕は学部長や研究科長はもちろん、あらゆる管理職に就きたくありません。僕にとってあからさまな不幸だからです。そういう仕事をしたくないから、現在の仕事を選んだわけです。経営管理職になれば何のために大学教師になったのかわからなくなってしまいます。そもそも向いていません。リーダーシップがないことにかけて、僕には絶対の自信があります。

ただし、です。大学も組織。年を重ねるにつれてそういう役回りを期待されるようになってきました。回避するには何かの対策が必要になります。早速、脳内参謀本部で会議を招集。活発かつ率直な議論が行われました(出席した参謀は全員僕)。参謀本部の結論は、この際大学を辞職するべきというものでした。ヒラ社員の立場で自分のスキなことをやっていたい――これは客観的にはタダの無責任です。定年退官までわがままを通すのにも無理がある。いっそのこと大学を辞めてしまえば、運営や管理の仕事から全面的に解放されます。

ただし、問題が一つあります。それは講義をする場を失ってしまうということ。自分の考えを人様に提供して何かの足しにしてもらうという僕の仕事にとって、大学での講義は考え事提供の重要なチャネルです。

さて、どうしたものかと思っていたところ、ある参謀(もちろん僕)が名案を持ってきました。大学には寄付講座という仕組みがあります。企業から寄付金を頂戴ちょうだいして、僕が教えている「競争戦略」を寄付講座として設置する。僕はいったん一橋大学を退職して、寄付講座の「特任教授」というポスト(契約社員のようなもの)に移る――芸者が旦那に置屋から水揚げしてもらうようなものです。

そうすれば大学に寄付金が入ってくるだけでなく、教授のポストも空いて、新しい優秀な人を採用できる。僕は管理職の仕事から解放され、デカい面をしてヒラの一兵卒として前線業務(寄付講座を引き受けるだけで、後は自由に自分がやりたい研究をする)を続けられる――三方良しの名案です。

 

スキな仕事にフォーカスし自分なりの競争戦略を

早速「黒い巨塔作戦本部」が(僕の脳内に)設置されました。で、作戦本部が総力を挙げて3日ほど飛び込み営業を展開したところ、寄付講座を設置してくださるという実に気前のイイ会社を発見。めでたく32年勤めた大学を2023年の3月に退職し、4月から寄付講座の特任教授に就いています。

これからは教授会、委員会、会議、外交、人事、評価、教務管理、あらゆる管理業務をやらなくてイイ。だからといって、何か新しいことに挑戦しようというつもりは毛頭ございません(余の辞書に挑戦の文字はない)。単純にやる仕事の種目を減らすだけ。フォーカスこそ戦略の基本。自分のスキな仕事に集中します。給料はフルタイムの教授職の半分に減りますが、それはこの際どうでもイイ。

競馬に例えれば、第4コーナーを既に回って仕事生活も最後の直線。うっすらとゴールが見えてきました。残りの直線を迷わず走り、僕なりの競争戦略論を完成させたいと思います。

 

楠木 建〈くすのき けん〉

経営学者。1964年、東京都出身。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学イノベーション研究センター助教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から一橋ビジネススクール特任教授。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』などがある。

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